2ntブログ
浜岡ポン太、マフマフが運営するブログサイト「マフポコの巣」の姉妹サイトです。

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「うおおおおお! タクシー!」
 糸鋸は懸命にタクシーを呼ぶ。しかし一台として止まってはくれなかった。男をお姫様だっこしているゴリラのようないかつい男……そんな異様な光景に、運転手はアクセルを踏みこんでしまう。
「な、なんでッスか! 全然止まらねッスぅぅぅ!!」
 らちが開かない、そう思った糸鋸は怒り狂いながら走り出した。
「うおおおおおおおッ!」
 御剣を抱きかかえながら、ネオン街を走り飛ばす。そしてそのまま、なんとも場違いな雰囲気のある区画へ入っていく。糸鋸はふと立ち止まり、目の前の建物に突入した。
「部屋を借りるッス!」
 小窓の奥にいる店員に話しかける。
「なら、そこのパネルから部屋を選んで……って、困るよお客さん、男同士は」
「いいから鍵を出すッス!!」
 糸鋸の猛烈な勢いに、店員は危険を感じた。拒否したら窓を突き破ってきそうな、そんな予感がした。
「なんだよあんた! 警察呼ぶよ!」
「刑事ならここにいるッス!」
 糸鋸は小窓にむかって、警察手帳を突き付ける。
「えええええ!? あんた刑事さんなの!?」
「さっさと鍵を出すッス!!」
 断ることが出来なくなった店員は、しぶしぶ鍵を差し出した。
「ご協力、感謝するッス!」
 糸鋸は鍵を握り締め、キーホルダーに書かれているルームナンバーの部屋に駆け込んだ。
「なんだいありゃあ……」
 店員は呆然としながら、刑事の走り去ったあとを見つめていた。

(つづく)
「ぐむ……少しくらくらするな」
「大丈夫ッスか? さすがに三連続一気はムボーッす」
 御剣の差すような視線が糸鋸に突き刺さる。
「平気だ! 私の心配より、自分の心配をすることだ!」
「え? ええ!? どういうことッスか!!」
「来月の給与査定、楽しみにしておくことだな」
「ななな!? なんでッスかぁぁぁ!!」
 糸鋸はすがるような顔を御剣に突き付ける。
「……そういえば、なんでだろうな」
「えええ!? 理由もなくそんなこと言ったッスか!?」
「刑事といると、こういう言い回しが癖になってしまってな」
「そんな! ひどいッスぅ!」
 泣きながら訴える糸鋸を見て、御剣はクスッと笑んだ。
「面白い奴だな、刑事は」
「そ、そんなことないッス」
 糸鋸は照れたようにうつむき、鼻の頭を掻いている。
〝バタン〟
 目の前で大きな音がし、糸鋸は驚いて顔を上げた。そこにはテーブルに突っ伏している御剣がいた。
「みッ! 御剣検事ぃぃぃぃぃッ!!」
 顔を真っ赤にしている御剣は、小さく寝息を立てていた。しかし糸鋸は全く気が付かない。そんな余裕は無かった。
「だだだだだ、大丈夫ッスか!? 大丈夫じゃないッスね! ととととと、取りあえず救助するッス!」
 完全に取り乱した糸鋸は御剣を抱きかかえ、大慌てで店を飛び出した。
「お客さん! 御勘定!」
 店員は慌てて糸鋸を追いかける。
「つ、つけといてくれッス!」
「つけとくって、どこに!」
「ここッス!!」
 糸鋸は乱暴に名刺を突き付けた。そしてそのまま走り去る。
「えーと……警察署!? ……世も末だねぇ」
 店員は悲しげにぼやいた。

(つづく)
「んぐむッ! こ、これは」
 目を見開いて固まる御剣。
「たまらないッスよね、そのツーンとくる感じ! ここのたこわさは特別ツーンとくるッス!」
 御剣が口に運んだのは、茎わさびとすりおろしたわさびがたっぷり和えられたタコのぶつ切りであった。目の前がフラッシュするくらいに辛い。
「うぐぐぐぐぐぐ」
 脳が委縮したのではと錯覚するくらいに強烈な刺激が、御剣を襲う。嗚咽を漏らす御剣を、糸鋸が心配そうに見つめている。
「もしかして、辛いのダメでしたか?」
 糸鋸の言葉に御剣は眉をひそませる。そして平然とした顔を見せつけた。
「う、うまいな、これは」
 糸鋸は更に心配そうに見つめる。
「なんだか肩がぷるぷるしてますが……」
「大丈夫だ」
「でも、目尻に涙が……」
「大丈夫だ!」
「でもでも、顔色がわさびみたいな緑色に……」
「大丈夫だと言っている!」
 御剣は糸鋸をきつく睨みつけた。
「わひゃあッ」
 糸鋸は肩をすぼませて小さくなった。
「それ、もらうぞ」
 余裕のない表情で、御剣は糸鋸が飲みかけているジョッキを奪い、一気に飲み干す。糸鋸は目をぱちくりしながら、何も言えずに御剣の一気を見守った。
〝ダンッ〟
 空のジョッキがテーブルに打ち付けられる。一息ついて、御剣はぼそりと漏らす。

(つづく)
 糸鋸はしつこく聞いてくる。
「楽しいッスか? 楽しいんスよね?」
「何度も聞くな」
 御剣は目を細めて言い放った。
「すみませんッス……」
 しょんぼりする糸鋸。それを見て御剣は戸惑いながらも、小声で言った。
「楽しいよ、糸鋸刑事」
 パアアと輝いた笑顔を御剣に向ける。
「ほほ、ほんとッスか!? 楽しいッスか? 楽しいんスよね! 楽しいッスかぁ!!」
「しつこい!」
 御剣が一喝する。
「す、すみませんッス」
 糸鋸は身体を縮こませる。しかし顔はにやにやと嬉しそうに笑んでいた。
「さささ、枝豆だけじゃなく、他のものもどうぞッス」
 御剣はテーブル上に並んでいるつまみを見て、小鉢に入った生タコのぶつ切りを指差した。
「これはなんだ」
「それはたこわさッス」
「たこわさ? というのか」
「食べてみてくださいッス」
「う、うむ」
 御剣はたこわさを口にする。

(つづく)
 楽しそうにはしゃぐ糸鋸に、御剣は圧倒されている。御剣はジョッキを持ったまま、呆然とする。
「楽しく、無いですか?」
 呆けている御剣を見て、糸鋸は肩を落としながら御剣の顔を覗き込む。
「うッ、そんなことはない。なんというか、なかなか馴染めなくてな」
「馴染めない? やっぱり楽しくないですか……」
「違う!」
 御剣は険しい顔をして、ジョッキを掲げながらビールを飲み干していく。
「ま、また一気ッスか!?」
 ジョッキがどんどんと上がっていく。黄金色の液体が御剣の中へと流れ込んでいく。
「んむぅ」
 空になったジョッキをズドムと音を立てて叩き置く。
「糸鋸刑事」
「は、はいッス!」
「私は馴染めないと言ったのだ。楽しくない、などとは言っていない」
 糸鋸は困惑しながらも質問する。
「そ、それって、楽しいってことッスか?」
 御剣は糸鋸から目線を外すように、枝豆をはむ。
「そうだな」

(つづく)