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●は一般向、★は女性向 です


●★タイトル:天才検事、はじめての居酒屋
 (ジャンル:逆転裁判 登場キャラ:御剣怜侍、糸鋸圭介)
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16
※この作品は、一般向END、女性向ENDの2種類があります。
  なお、上記の01~16話は一般向です。
  女性向ENDは現在作成中です。

 早朝、二人はホテルから出てくる。
「カウンターのおばちゃんが怒りまくってたッス」
「当然だ。恥ずかしかったぞ、まったく」
 二人はホテルの前で別れ、互いの家路についた。

「異議あり!」
 御剣の声が法廷内に響く。
「証人、証言は正しくなくては困る」
 証言台に立っている糸鋸は、すまなそうに頭を掻いた。
「来月の給与査定、楽しみにしておくことだな」
「またまたそれッスか!」
「当然のペナルティだ」
 今日も二人の凸凹なやり取りが繰り広げられる。

(おわり)
「自分ッスか?」
 糸鋸は真っ直ぐに御剣を見て話し出した。
「自分はこの仕事が好きッス。それに、御剣検事は自分たち現場の人間を信用してくれてるッス! だからそれに応えるためにも、頑張るッス!」
「私や、私以外の者達にたたかれてもか?」
 はちゃあと言い放ちながら恐縮する糸鋸は、照れながら語る。
「自分は御剣検事と違ってダメダメっす。いつも迷惑ばかり掛けてるッス。それでも、全力で頑張るッス!」
「そうか」
 御剣はゆっくりと目を開き、糸鋸を見つめながら語り出す。
「私は勝たねばならない。そして真実にたどり着く。それが私の使命なのだ」
 糸鋸はうんうんと頷きながら聞き入っている。
「その為にはキミら現場の人間に頑張ってもらう必要がある。現場の不手際は私の不手際となり、真実への道を塞いでしまう。」
「ううう、すまんですッス」
 説教される子供のように、糸鋸が小さくなる。
「だが、現場が頑張っているからこそ、私は勝ち続けることができるのだ」
 御剣の言葉に糸鋸は勢いよく顔を上げた。
「感謝している」
 優しい笑みを向ける御剣がそこにいた。糸鋸は胸が熱くなり、頬を濡らす。
「う、うおおおおおッ! 嬉しいッス! 感動ッス!」
 わんわんと泣きだした糸鋸に、御剣は困惑する。
「なんだ、泣くやつがあるか」
「嬉しいッス! 猛烈に感動ッスぅぅぅ!!」
 御剣は溜息をついて、糸鋸の頭を撫でた。
「子供みたいだな、刑事」
「うおおおおおおん!」

(つづく)
「キサマ、とんでもない奴だったのだな」
「え? なんでッスか?」
「なんで、だと? 私はこのようなことろ、一度だって来たことが無い」
 糸鋸は関心した目つきで御剣を見つめる。
「御剣検事のような方にもなると、こういうところには来ないんですねぇ」(現場の検証や捜査は警察の仕事ッスよね)
 悪意の無い糸鋸の言葉は、御剣には皮肉に聞こえた。
「なんだキサマ、ラブホのひとつも行ったことがない私を、侮辱するつもりか」
「えええ! そんなこと無いッス!」
「来月の給与査定、楽しみにしておくことだな」
「ま、またそれッスかぁ!」
 糸鋸はがくがくと震えながら、顔をビリジアンにする。
「それにしても、ここで……なんというか、その……する、わけか」
「そうですねぇ、そういうところですから」
「ここは変な気分にさせられるな。いたたまれない気持ちになる」
「そうッスかぁ。自分は慣れているので平気ッスが」
 御剣は刺すような目で糸鋸を睨みつける。糸鋸は身体をずぼませた。
「御剣検事、ちょっと聞いてもよろしいですか」
 ぼそぼそとした声で糸鋸が聞いてくる。
「なんだ」
「その、言いにくかったらいいんスが、よければ聞かせて欲しいッスが」
 御剣はいらいらを募らせていく。
「刑事、はっきりとしゃべれ」
「そ、その……なんで御剣検事はそんなに頑張るッスか?」
「頑張る?」
「そうッス。裁判で勝つために、御剣検事はすごく頑張ってるッス」
 御剣は腕を組み、顎を少し上げて目を閉じる。
「逆に聞こう。なぜ刑事はそんなに頑張る」

(つづく)
 御剣は顔をしかめる。
「ラブホ、だと?……ラブホとは、あのラブホか?」
「ラブホはラブホっす」
 平然と答える糸鋸を見て、御剣は目頭をぎゅうと摘まんで考え込む。しばしの間、沈黙が二人を包む。
「なぜ、このようなところに」
「なにぶん、緊急事態でしたので」
 御剣は更に強く、目頭を摘まむ。
「よく、その……男同士で入れたな」
「手帳を見せたら、一発で入れたッス!」
 御剣は指が食い込むほどに目頭を摘まむ。対して糸鋸はとぼけた笑みを浮かべている。
「オマエという奴は……」
 どんよりとした空気を漂わせる御剣を尻目に、糸鋸は〝イヤ~〟と照れながら頭の後ろを掻いている。御剣はハァと深い溜息をつき、周囲を見渡す。
「それにしても、無駄に派手な部屋だな」
「そうッスねぇ、ラブホっすから」
「全くもって、情緒というものが無い」
「そうッスねぇ、ラブホっすから」
 御剣は眉をひそませて質問する。
「刑事、詳しそうだな。こういうところへはよく来るのか」
「ええ、よく来ます」(ラブホは殺人事件、多いんスよねぇ)
「な、なにィ!?」
 しれっとした顔で答える糸鋸に御剣は驚かされた。
「ま、まさか、男と一緒に来るのか!?」
「そうッス」(現場にいるのは男ばっかりッス)
 御剣の顔色が妙な色に変わっていく。
「あ、でも」
「なんだ、刑事」
「たまに婦警とも行くッスよ」(女性が必要なこともあるんスよねぇ)
「な、なんだと!」
 御剣はあからさまに動揺する。
「婦警ということは、署内でそんな……いや、プライベートに首を突っ込む気は無いが……男同士よりは健全……どちらにしても、なんということだ……」
 御剣に厳しい表情で睨まれ、糸鋸は頭の中をハテナでいっぱいにする。

(つづく)
「ぐ……む……ここは?」
 気が付いた御剣は、ゆっくりと目を開いた。大きなベッドの上、暗めの照明、まわりは豪華な装飾がされている。
「いったい何処なんだ、ここは」
 身体を起こし、周囲を見渡す。一見豪華に見えた装飾はひどく粗い作りで、すぐに偽物だと分かった。この部屋には気品というものが全く感じられない。
「気が付いたッスか!」
 真隣から大声で話し掛けられ、御剣はビクッと身を震わせた。すぐ横に糸鋸が座っている。
「耳元で大声を出すな!」
 一喝され、糸鋸は身体を小さくしてしょんぼりする。
「すみませんッス……」
 御剣は質問する。
「もう一度聞く。何処なんだ、ここは」
「ホテルっす」
 御剣は目を細めて質問を続ける。
「なぜこんなところで寝ているのだ」
「それは――」
 糸鋸は御剣に説明した。御剣が突然気を失ったこと、緊急事態だと思ってホテルに駆け込んだこと。
「そう、だったのか……」
 御剣はうつむいて落ち込んでしまった。〝失態〟、その言葉が胸に突き刺さる。
「気にすることないッス」
 糸鋸の優しい言葉、しかしその言葉は逆に御剣を追い詰める。
「自分の限界を考えずに私は……情けないな」
 寂しげに薄く笑う御剣。糸鋸は胸が痛くなる。
「そんな日もあるッスよ」
 朗らかに笑む糸鋸を、御剣は辛そうに見つめる。
「私のミスで、このような失態を……」
「ちょっと飲みすぎちゃっただけッスよぉ」
「結果、刑事に迷惑を掛けた……」
「気にしてないッス」
 糸鋸はなんとかしてなだめようと試みるが、御剣はかたくななまでに自分を責め続ける。
「すべては結果だ。結果が悪ければ、それで全て終わりなのだ……」
「そんな、仕事じゃないんスから」
「しかし、だな……」
「ここは裁判所じゃないッス! 居酒屋ッス! ……あ、今はラブホの中ッスが」

(つづく)
「うおおおおお! タクシー!」
 糸鋸は懸命にタクシーを呼ぶ。しかし一台として止まってはくれなかった。男をお姫様だっこしているゴリラのようないかつい男……そんな異様な光景に、運転手はアクセルを踏みこんでしまう。
「な、なんでッスか! 全然止まらねッスぅぅぅ!!」
 らちが開かない、そう思った糸鋸は怒り狂いながら走り出した。
「うおおおおおおおッ!」
 御剣を抱きかかえながら、ネオン街を走り飛ばす。そしてそのまま、なんとも場違いな雰囲気のある区画へ入っていく。糸鋸はふと立ち止まり、目の前の建物に突入した。
「部屋を借りるッス!」
 小窓の奥にいる店員に話しかける。
「なら、そこのパネルから部屋を選んで……って、困るよお客さん、男同士は」
「いいから鍵を出すッス!!」
 糸鋸の猛烈な勢いに、店員は危険を感じた。拒否したら窓を突き破ってきそうな、そんな予感がした。
「なんだよあんた! 警察呼ぶよ!」
「刑事ならここにいるッス!」
 糸鋸は小窓にむかって、警察手帳を突き付ける。
「えええええ!? あんた刑事さんなの!?」
「さっさと鍵を出すッス!!」
 断ることが出来なくなった店員は、しぶしぶ鍵を差し出した。
「ご協力、感謝するッス!」
 糸鋸は鍵を握り締め、キーホルダーに書かれているルームナンバーの部屋に駆け込んだ。
「なんだいありゃあ……」
 店員は呆然としながら、刑事の走り去ったあとを見つめていた。

(つづく)
「ぐむ……少しくらくらするな」
「大丈夫ッスか? さすがに三連続一気はムボーッす」
 御剣の差すような視線が糸鋸に突き刺さる。
「平気だ! 私の心配より、自分の心配をすることだ!」
「え? ええ!? どういうことッスか!!」
「来月の給与査定、楽しみにしておくことだな」
「ななな!? なんでッスかぁぁぁ!!」
 糸鋸はすがるような顔を御剣に突き付ける。
「……そういえば、なんでだろうな」
「えええ!? 理由もなくそんなこと言ったッスか!?」
「刑事といると、こういう言い回しが癖になってしまってな」
「そんな! ひどいッスぅ!」
 泣きながら訴える糸鋸を見て、御剣はクスッと笑んだ。
「面白い奴だな、刑事は」
「そ、そんなことないッス」
 糸鋸は照れたようにうつむき、鼻の頭を掻いている。
〝バタン〟
 目の前で大きな音がし、糸鋸は驚いて顔を上げた。そこにはテーブルに突っ伏している御剣がいた。
「みッ! 御剣検事ぃぃぃぃぃッ!!」
 顔を真っ赤にしている御剣は、小さく寝息を立てていた。しかし糸鋸は全く気が付かない。そんな余裕は無かった。
「だだだだだ、大丈夫ッスか!? 大丈夫じゃないッスね! ととととと、取りあえず救助するッス!」
 完全に取り乱した糸鋸は御剣を抱きかかえ、大慌てで店を飛び出した。
「お客さん! 御勘定!」
 店員は慌てて糸鋸を追いかける。
「つ、つけといてくれッス!」
「つけとくって、どこに!」
「ここッス!!」
 糸鋸は乱暴に名刺を突き付けた。そしてそのまま走り去る。
「えーと……警察署!? ……世も末だねぇ」
 店員は悲しげにぼやいた。

(つづく)
「んぐむッ! こ、これは」
 目を見開いて固まる御剣。
「たまらないッスよね、そのツーンとくる感じ! ここのたこわさは特別ツーンとくるッス!」
 御剣が口に運んだのは、茎わさびとすりおろしたわさびがたっぷり和えられたタコのぶつ切りであった。目の前がフラッシュするくらいに辛い。
「うぐぐぐぐぐぐ」
 脳が委縮したのではと錯覚するくらいに強烈な刺激が、御剣を襲う。嗚咽を漏らす御剣を、糸鋸が心配そうに見つめている。
「もしかして、辛いのダメでしたか?」
 糸鋸の言葉に御剣は眉をひそませる。そして平然とした顔を見せつけた。
「う、うまいな、これは」
 糸鋸は更に心配そうに見つめる。
「なんだか肩がぷるぷるしてますが……」
「大丈夫だ」
「でも、目尻に涙が……」
「大丈夫だ!」
「でもでも、顔色がわさびみたいな緑色に……」
「大丈夫だと言っている!」
 御剣は糸鋸をきつく睨みつけた。
「わひゃあッ」
 糸鋸は肩をすぼませて小さくなった。
「それ、もらうぞ」
 余裕のない表情で、御剣は糸鋸が飲みかけているジョッキを奪い、一気に飲み干す。糸鋸は目をぱちくりしながら、何も言えずに御剣の一気を見守った。
〝ダンッ〟
 空のジョッキがテーブルに打ち付けられる。一息ついて、御剣はぼそりと漏らす。

(つづく)
 糸鋸はしつこく聞いてくる。
「楽しいッスか? 楽しいんスよね?」
「何度も聞くな」
 御剣は目を細めて言い放った。
「すみませんッス……」
 しょんぼりする糸鋸。それを見て御剣は戸惑いながらも、小声で言った。
「楽しいよ、糸鋸刑事」
 パアアと輝いた笑顔を御剣に向ける。
「ほほ、ほんとッスか!? 楽しいッスか? 楽しいんスよね! 楽しいッスかぁ!!」
「しつこい!」
 御剣が一喝する。
「す、すみませんッス」
 糸鋸は身体を縮こませる。しかし顔はにやにやと嬉しそうに笑んでいた。
「さささ、枝豆だけじゃなく、他のものもどうぞッス」
 御剣はテーブル上に並んでいるつまみを見て、小鉢に入った生タコのぶつ切りを指差した。
「これはなんだ」
「それはたこわさッス」
「たこわさ? というのか」
「食べてみてくださいッス」
「う、うむ」
 御剣はたこわさを口にする。

(つづく)
 楽しそうにはしゃぐ糸鋸に、御剣は圧倒されている。御剣はジョッキを持ったまま、呆然とする。
「楽しく、無いですか?」
 呆けている御剣を見て、糸鋸は肩を落としながら御剣の顔を覗き込む。
「うッ、そんなことはない。なんというか、なかなか馴染めなくてな」
「馴染めない? やっぱり楽しくないですか……」
「違う!」
 御剣は険しい顔をして、ジョッキを掲げながらビールを飲み干していく。
「ま、また一気ッスか!?」
 ジョッキがどんどんと上がっていく。黄金色の液体が御剣の中へと流れ込んでいく。
「んむぅ」
 空になったジョッキをズドムと音を立てて叩き置く。
「糸鋸刑事」
「は、はいッス!」
「私は馴染めないと言ったのだ。楽しくない、などとは言っていない」
 糸鋸は困惑しながらも質問する。
「そ、それって、楽しいってことッスか?」
 御剣は糸鋸から目線を外すように、枝豆をはむ。
「そうだな」

(つづく)
「まずはこれからッス」
「これを食べるのか?」
「ビールには枝豆ッス!」
「そう、なのか」
 御剣は枝豆を手に取り、唇ではむ。押し出された豆が、口の中に転がる。
「うむ、うまいな」
「でしょう! ビールに枝豆、これが居酒屋の常識ッス! ド定番ッス!」
 顔を乗り出して話す糸鋸を眺めながら、御剣はぎこちないながらも黙々と枝豆を食べ続ける。
「むッ、むぅ」
 御剣の口元から枝豆がこぼれ落ちた。
「おっと」
 テーブルに落ちた豆をヒョイと拾い、糸鋸はパクッと食べた。
「刑事、汚いぞ。落ちた物を食べるとは」
「大丈夫ッス、汚くないッス」
「しかしだな、その豆は私が口を付けている」
「全ッ然、平気ッス!」
 満面の笑みを浮かべて話す糸鋸。御剣は口ごもり言葉を失う。
「おまちどうさまですッ」
 二人の前に冷えきった生ビールが置かれる。
「ささ、酒がきたら、なにはともあれ乾杯ッス!」
 糸鋸はジョッキの取っ手を掴み、御剣の前に差し出す。
「そ、そうなのか」
 御剣は無駄のない動作でジョッキを掲げる。糸鋸は勢いよくジョッキを打ち付けた。
「乾杯ーッス!」
「あ、ああ、乾杯」

(つづく)
「あれ? 御剣検事、ビールはお嫌いでしたか?」
 御剣はジョッキを口に寄せる。
「そのように飲めばいいのだな」
 御剣はジョッキを掲げ、勢いよくビールを飲み込んでいく。その勢いはいつまでも止まらない。
「え? あ、い、一気ッスか!?」
 糸鋸は驚きながら御剣を見守っている。
「うむ、うまいな、これは」
 空になったジョッキを御剣は上品に置いた。
「見事な飲みっぷりッス! お強いですねぇ」
 糸鋸は目を丸くしながら拍手する。
「大袈裟だな、刑事」
「いやいやいや、すごいッスよ、ジョッキで一気飲み! さすがッス!」
「そ、そうか」
 御剣は少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「おまちどうさまですッ」
 丸いプラスチックの黒盆にたくさんのつまみを乗せた店員が、二人の会話を切った。店員が目の前に置いていく料理を、御剣は珍しそうに見つめる。
「ほう、これはなんというか……庶民的な料理だな」
「え? あ、こういうのはお口に合わないッスか」
 御剣は右手を軽く振った。
「いや、そうではないのだ。どれも初めて見るものばかりでな」
「はぁぁ、はじめてッスかぁ」
 糸鋸はフレンチのフルコースを食している御剣を想像した。
 居酒屋にくるのが初めてなら、料理も初めて見るものばかりである。それならばと糸鋸は、皿に大盛りになっている枝豆を差し出した。

(つづく)
 バンッとテーブルを叩き、糸鋸は身を乗り出した。
「違うッス! そんなことないッス!」
「刑事」
「はいッス!」
「近すぎる」
「すす、すみませんッス!」
 糸鋸は肩を落として身を引いた。しょんぼりした糸鋸を見て、御剣は声を掛ける。
「感謝している、刑事」
「え!?」
「居酒屋、実は初めてなのだ。一度行ってみたいと思っていた」
 パァッと輝いた笑顔を御剣に向ける。
「そうなんッスか! よかったッス!」
「キミの気持ちは、とても――」
 何かを言いかけた御剣の言葉を、店員がかき消す。
「おまちどうさまですッ」
 二人の前に中ジョッキに入った生ビールが置かれた。
「う、うむ」
 御剣は口をつぐんだ。
「それじゃ、乾杯ッス!」
「うむ」
 二人はカツンとジョッキを打ち合った。
「んぐ、んぐ、んぐ、うッはぁぁぁッ!」
 糸鋸は半分近くを一気に飲み干し、ドンッとテーブルにジョッキを打ち下ろす。

(つづく)
 仕事を終えたサラリーマン、学生やフリーターの若者、様々な人達でごったがえしている店内。職場の愚痴、合コンの話、人間関係、色々な話題で盛り上がる声が入り混じり、常に騒然としている。二人は店の端にある二人席で、向き合いながら座っている。
「御剣検事、まずは生ビールでいいッスかね」
 御品書きを見ながら、糸鋸は御剣に聞いてくる。
「刑事、こういう店には慣れてないのでな、キミにまかせよう」
「え? あ、はいッス! ラジャーっす!」
 糸鋸は御品書きを覗き込み、うんうん唸りながら考え込む。
「じゃ、じゃあ、とりあえず生ビールを……あ、他のものがいいッスかね。ならウィスキー? ……でも最初っからそういうのは……それと、何か嫌いなものとかってあるッスか?」
「刑事」
 呼ばれた糸鋸は背筋を伸ばして返事する。
「はいッス!」
「全てキミにまかせる。好きなものを頼んでくれたまえ」
「ラ、ラジャーっす!」
 糸鋸は顔じゅうに脂汗を浮かべながら必死に考え抜き、なんとか注文を店員に通した。
「これで完璧ッス!」
 糸鋸は額の汗を拭いながら言った。
「居酒屋というのは、そこまで真剣になってオーダーを決めるものなのか」
 御剣は関心したように糸鋸を眺める。
「いや、なにぶん緊張しちゃいまして」
「緊張? なぜ」
「え、あッ、ええと」
 糸鋸は焦って言葉を無くす。
「私といると窮屈なようだな」
 糸鋸は全力で顔を振る。
「そんなことないッス!」
「いいんだ刑事、私のような者と一緒では、息を抜くことなど出来んだろう」

(つづく)
 御剣は無表情のまま質問する。
「飲み? 酒を飲むということか」
「そうッス! 飲むッス! 居酒屋で飲みまくりッス!」
 御剣は目を細め、怪訝な顔をした。
「居酒屋? か」
 糸鋸はしまったとばかりに、身体をビクッと揺らした。
「すす、すみませんッス。御剣検事は大衆居酒屋なんて行かないッスよね」
 御剣は即答する。
「連れて行ってもらおうか」
「そうッスよね、行かないッスよね、御剣検事が居酒屋なんて……って、えええええ!?」
 予想外の答えに糸鋸は動揺する。
「いいい、いいんスか? 居酒屋ッスよ? それはそれは普通の安い、安っぅぅぅぅぅいッ、居酒屋ッスよ?」
「そこへ連れて行ってもらおうか」
 御剣の言葉に糸鋸は敬礼をして答える。
「わ、わかりましたッス! お連れいたしますッス!」

(つづく)
「判決を言い渡します――〝有罪〟」
 静まり返った法廷内に裁判長の声が響き渡る。
「では、本日はこれにて閉廷!」
 表情ひとつ変えずに、御剣は検事席をあとにした。
「うおおおおッ、さ、さすがッス!」
 背後からひときわ大きな声を浴びせらた。しかし御剣はつかつかと歩を進める。
「ちょっ、ま、待って下さいッス!」
 ドドドドッと猛烈な勢いで追いかけてくる。
「騒がしいな糸鋸刑事、まわりに迷惑だ」
 御剣は振り向くことなく、諭すように言った。
「やっぱり御剣検事は凄いッス! 見事な検事ぶりでしたッス!」
 糸鋸は目をきらきらさせながら、尊敬の眼差しで見つめている。しかし御剣は答えることなく、さも当たり前という顔をしていた。
「なんだか嬉しそうじゃないッスね」
「嬉しい? そんな気持ち、とうに忘れてしまった」
「そ、そうなんスか?」
「ひとつ仕事を終えた、それだけだ」
 糸鋸は腕組みをして、ははぁと関心したように溜息をついた。
「連戦連勝の御剣検事だからこそ言える言葉ッスね。でも……」
「でも、なんだ?」
 何かを言いかけた糸鋸に御剣が言葉を返す。
「そのぉ、何だかそういうの、寂しいッス」
「寂しい?」
「そうッス。仕事をこなした達成感というか、喜びっていうか、そういうのが無いって、寂しいッス」
 御剣は足を止め、糸鋸の方に向き直った。糸鋸は慌てふためく。
「す、すいませんッス! 出すぎたこと言っちゃったッス」
「そう思うか、刑事」
 御剣は少し寂しげに糸鋸を見つめた。
「私も思っていたのだ、空しいとな。私は勝ち続けねばならない。しかしそうしているうちに、嬉しいと思うことが無くなってしまった」
 二人は口をつぐんで見つめ合う。しばしの沈黙の後、御剣は糸鋸に背を向けて歩きだした。
「うおおおおおおッ! だったら、楽しいことをするッス!」
 突然に吠えだした糸鋸、御剣は呆れ顔になって向き直る。
「何だ一体、楽しいこととは?」
「こういうときは飲みッス! パーッと飲むッス! もう、おごっちゃいます!」

(つづく)