「楽しく、無いですか?」
呆けている御剣を見て、糸鋸は肩を落としながら御剣の顔を覗き込む。
「うッ、そんなことはない。なんというか、なかなか馴染めなくてな」
「馴染めない? やっぱり楽しくないですか……」
「違う!」
御剣は険しい顔をして、ジョッキを掲げながらビールを飲み干していく。
「ま、また一気ッスか!?」
ジョッキがどんどんと上がっていく。黄金色の液体が御剣の中へと流れ込んでいく。
「んむぅ」
空になったジョッキをズドムと音を立てて叩き置く。
「糸鋸刑事」
「は、はいッス!」
「私は馴染めないと言ったのだ。楽しくない、などとは言っていない」
糸鋸は困惑しながらも質問する。
「そ、それって、楽しいってことッスか?」
御剣は糸鋸から目線を外すように、枝豆をはむ。
「そうだな」
(つづく)
「これを食べるのか?」
「ビールには枝豆ッス!」
「そう、なのか」
御剣は枝豆を手に取り、唇ではむ。押し出された豆が、口の中に転がる。
「うむ、うまいな」
「でしょう! ビールに枝豆、これが居酒屋の常識ッス! ド定番ッス!」
顔を乗り出して話す糸鋸を眺めながら、御剣はぎこちないながらも黙々と枝豆を食べ続ける。
「むッ、むぅ」
御剣の口元から枝豆がこぼれ落ちた。
「おっと」
テーブルに落ちた豆をヒョイと拾い、糸鋸はパクッと食べた。
「刑事、汚いぞ。落ちた物を食べるとは」
「大丈夫ッス、汚くないッス」
「しかしだな、その豆は私が口を付けている」
「全ッ然、平気ッス!」
満面の笑みを浮かべて話す糸鋸。御剣は口ごもり言葉を失う。
「おまちどうさまですッ」
二人の前に冷えきった生ビールが置かれる。
「ささ、酒がきたら、なにはともあれ乾杯ッス!」
糸鋸はジョッキの取っ手を掴み、御剣の前に差し出す。
「そ、そうなのか」
御剣は無駄のない動作でジョッキを掲げる。糸鋸は勢いよくジョッキを打ち付けた。
「乾杯ーッス!」
「あ、ああ、乾杯」
(つづく)
御剣はジョッキを口に寄せる。
「そのように飲めばいいのだな」
御剣はジョッキを掲げ、勢いよくビールを飲み込んでいく。その勢いはいつまでも止まらない。
「え? あ、い、一気ッスか!?」
糸鋸は驚きながら御剣を見守っている。
「うむ、うまいな、これは」
空になったジョッキを御剣は上品に置いた。
「見事な飲みっぷりッス! お強いですねぇ」
糸鋸は目を丸くしながら拍手する。
「大袈裟だな、刑事」
「いやいやいや、すごいッスよ、ジョッキで一気飲み! さすがッス!」
「そ、そうか」
御剣は少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「おまちどうさまですッ」
丸いプラスチックの黒盆にたくさんのつまみを乗せた店員が、二人の会話を切った。店員が目の前に置いていく料理を、御剣は珍しそうに見つめる。
「ほう、これはなんというか……庶民的な料理だな」
「え? あ、こういうのはお口に合わないッスか」
御剣は右手を軽く振った。
「いや、そうではないのだ。どれも初めて見るものばかりでな」
「はぁぁ、はじめてッスかぁ」
糸鋸はフレンチのフルコースを食している御剣を想像した。
居酒屋にくるのが初めてなら、料理も初めて見るものばかりである。それならばと糸鋸は、皿に大盛りになっている枝豆を差し出した。
(つづく)
「違うッス! そんなことないッス!」
「刑事」
「はいッス!」
「近すぎる」
「すす、すみませんッス!」
糸鋸は肩を落として身を引いた。しょんぼりした糸鋸を見て、御剣は声を掛ける。
「感謝している、刑事」
「え!?」
「居酒屋、実は初めてなのだ。一度行ってみたいと思っていた」
パァッと輝いた笑顔を御剣に向ける。
「そうなんッスか! よかったッス!」
「キミの気持ちは、とても――」
何かを言いかけた御剣の言葉を、店員がかき消す。
「おまちどうさまですッ」
二人の前に中ジョッキに入った生ビールが置かれた。
「う、うむ」
御剣は口をつぐんだ。
「それじゃ、乾杯ッス!」
「うむ」
二人はカツンとジョッキを打ち合った。
「んぐ、んぐ、んぐ、うッはぁぁぁッ!」
糸鋸は半分近くを一気に飲み干し、ドンッとテーブルにジョッキを打ち下ろす。
(つづく)
「御剣検事、まずは生ビールでいいッスかね」
御品書きを見ながら、糸鋸は御剣に聞いてくる。
「刑事、こういう店には慣れてないのでな、キミにまかせよう」
「え? あ、はいッス! ラジャーっす!」
糸鋸は御品書きを覗き込み、うんうん唸りながら考え込む。
「じゃ、じゃあ、とりあえず生ビールを……あ、他のものがいいッスかね。ならウィスキー? ……でも最初っからそういうのは……それと、何か嫌いなものとかってあるッスか?」
「刑事」
呼ばれた糸鋸は背筋を伸ばして返事する。
「はいッス!」
「全てキミにまかせる。好きなものを頼んでくれたまえ」
「ラ、ラジャーっす!」
糸鋸は顔じゅうに脂汗を浮かべながら必死に考え抜き、なんとか注文を店員に通した。
「これで完璧ッス!」
糸鋸は額の汗を拭いながら言った。
「居酒屋というのは、そこまで真剣になってオーダーを決めるものなのか」
御剣は関心したように糸鋸を眺める。
「いや、なにぶん緊張しちゃいまして」
「緊張? なぜ」
「え、あッ、ええと」
糸鋸は焦って言葉を無くす。
「私といると窮屈なようだな」
糸鋸は全力で顔を振る。
「そんなことないッス!」
「いいんだ刑事、私のような者と一緒では、息を抜くことなど出来んだろう」
(つづく)